この記事は、グラフィックデザイナー歴20年でシンメトリーアーティストのネコヒート が書いています。
シンメトリーアート作品「NINJA」を作りました。
文字通り「忍者」をモチーフにした作品です。
ラフスケッチを公開していますので、この記事を読めば次のことがわかります。
- どういう思考を経て作品を作っていくのかがわかる
- 「平行移動・180°回転パターン」のエレメント完成までがわかる
作り方から読みたい方は「②シンメトリーアートの原理・原則」からお読みください。
①シンメトリーアート作品「NINJA」について
まずは、作品をご覧ください。
2020年東京オリンピックがあと1年と言う頃に、「日本」をイメージできるもので「シンメトリーアート」を作りたいと思ったのが制作の動機です。
- サイズ:A4(W210mm H297mm)
- アプリ:Adobe Illustrator CC
これはどういう状況の忍者を絵にしたの?
これはですね、「追いつめられた忍者が、敵をあざむくために、“分身の術”の呪文を唱えたところ」ですね
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」ってカッコいいねぇ!
a.「NINJA」をつくったきっかけ
2020年東京オリンピック前に「日本」をイメージできるもので「シンメトリーアート」を作りたいと思ったのが動機だというお話は先ほどしましたが、さてどういうデザインで作ろうかとなったとき、ひらめいたのがドイツでご活躍されているグラフィックデザイナー/イラストレーター のHenk Wyniger氏でした。
たまたま高田馬場のBOOKOFFで手に入れた「GREAT NEW CHARACTERS」というキャラクターデザイン集の分厚い本のなかで、Henk Wyniger氏の作品を見つけて以来、注目してきました。
はじめて見たときは、ユニークな作風にけっこう衝撃を受けました。
Henk Wyniger氏は、シンメトリーアート作品も数多く作っています。
パターンの繰り返しだけのものもありますが、そこからさらに一段二段レベルを上げた、ストーリー性のある、一枚の「ポスター芸術」にまで昇華しているような作品もあって、新しい作品を見つけるたびにドキドキしたものです。
わたしのシンメトリーアート作品「NINJA」は、そんなHenk Wyniger氏の独特な作風に憧れて作った作品になります。
色数を2色3色に抑えて使っているのもカッコイイんだよね〜
そうなんですよ!わたしも「NINJA」は3色でデザインしてみました。
b.トリックアート?シンメトリーアート?
さて、この手の同じ絵柄を一面に敷き詰めたデザイン?イラスト?はなんと呼べばいいのでしょうか?
実はけっこう不統一な状況のようなのです。以下に挙げてみましょう。
- エッシャー風トリックアート
- トリックアート
- シンメトリーアート
- エッシャー風タイリング
- タイリングアート etc…
不統一な状況は気持ち悪いので、このブログの中では、大好きなHenk Wyniger氏と同じ「シンメトリーアート」と呼ぶようにします。
②シンメトリーアートの原理・原則
ここからシンメトリーアートをつくってみたい人向けの内容になります。
なぜ、タイル状に隙間なく並べることができるのか。
まずはその理由をみていきましょう。
「NINJA」で使用した形状に近い人型の図形を配置しました。
このカケラの図形を仮に「エレメント」と呼ぶことにします。
さて、エレメントを敷きつめた状態の絵を配置しました。
まずは、シンメトリーアートがどういう考え方で作られているかを、図形A(水色)を中心に見ていきましょう。
図形Aの赤いラインは、図形Aにとって頭のラインであり、図形Bにとって脚のラインでもあります。
続けて…。
人型の右側の赤い線に注目してください。図形Aの腕に当たる場所ですね。
図形Aの赤いラインは、図形Aにとって腕のラインであり、図形Bにとって脚のラインでもあります。
同じ要領で進みますよ。
赤い線が移動しました。
こんどの画像では、図形Aの赤いラインは、図形Aの脚に当たります。
この部分は図形Aにとって脚のラインであり、図形Bにとって腕のラインでもあります。
続けて…。
赤い線が左側に移りましたね。
やっぱり要領は一緒。
図形Aの赤いラインは、図形Aにとって腕のラインであり、図形Bにとって脚のラインでもあります。
さあ、最後ですよ。
赤い線が移動しました。
図形Aの赤いラインは、図形Aにとって脚のラインであり、図形Bにとって腕のラインでもあります。
ここまでをまとめると、なにがわかるでしょうか?
試しに図形Aのまわりの人型をグレーに塗ってみました。
図形Aは、確かにひとつの人型ではあるけれど、線の単位で考えてみると、ひとつの線が、別の線の役割も持っているということがわかると思います。
一本の線が実は「一人二役の線」になっている、ということです。
ひとつの図形は、まわりの図形の線のおかげで形を保てている、とも言えそうです。
さらに図形A以外を塗りつぶしてみましたよ。
図形Aは、単なるポッカリ空いた空間にもかかわらず、人型が浮かび上がって見えますよね。
まわりの図形の集合が、空間の形(図形A)をつくっているのです。
原則としては、「一人二役の線」の線を持つエレメント(図形)を作ることができればシンメトリーアートをつくることができるということになります。
ここで、法則その1。
「シンメトリーアート」は「一人二役の線」で描かなければならない。
③「一人二役の線」でエレメントをつくるコツ
では、「一人二役の線」はどうやって作るのでしょうか?
まずは人型と青い点線の図形を置いてみました。
この人型は、実は、青い点線をベースとして作られています。
この青い点線を仮に「ベースライン」と呼びますね。
ベースラインに使用する形は、正方形でも横に広い長方形でもなんでもいいのですが、今回はこの形を例に話を進めていきます。
さて、色分けした画像を配置しました。
よく見ると、ベースラインの外にでっぱっているところや、ひっこんでいるところがありますね。これがシンメトリーアートの特徴です。
この「でっぱり」と「ひっこんでいる」ところが面白い形を生みだすモトになります。
ただし、この「でっぱり」と「ひっこんでいる」形をつくるための線ですが、ある地点からある地点へ、正しい場所に移動しなくては「一人二役の線」になることができません。
さて、正しい場所に移動するにはどうすればよいでしょう?
今回は「NINJA」で使用した2つの移動方法を紹介します。
「平行移動」と「180度回転」です。
ひとつずつ見ていきましょう。
a.「平行移動」
まずは「平行移動」のイメージ図を置いてみました。
「平行移動」は、同じ方向に、同じ距離だけ移動する方法です。
今回は上から下に移動しますが、右から左でも、左から右でも構いません。
赤色の線を見てください。
人型の頭と足を兼ねた「一人二役の線」は、同じ方向に、同じ距離を移動しています。
その際、当たり前のことですが「まったく同じ形状」じゃないと、ぴったり重ならないということがポイントです。
さて…。
完成図を先に配置しました。
ベースラインの点線に対して三角形の「でっぱり」(ピンク色)が飛びだしていますね。
その三角形を、ベースラインに対して「引っ込んだ」位置に平行移動(水色)することで、ピッタリつながる図形になるのです。
イメージできましたか?
ここで、法則その2。
シンメトリーアートは、「デッパル」と「ヒッコメル」でできている。
以上をふまえて、実際の作画手順をみていきましょう。
完成予定図のグレーの線と、ベースラインの青い線を配置しました。
まずは、三角形で、頭を作りましょう。
頭になる三角形を配置しました。
左右のど真ん中の位置に、ベースラインの上にピッタリのせてくださいね。
続けて、脚を作りましょう。
頭の三角形を移動しました。
同じ形、同じサイズの三角形を平行移動し足をつくりましょう。
その際、ベースラインと三角の底辺はピッタリあわせてくださいね。
これで「平行移動」による頭と足が完成しました!
この段階で、エレメントぜんたいを「平行移動」でつなげてみました。
うまくつながっているようですね!
ここで、法則その3。
シンメトリーアートの「平行移動」は、同じ形、同じ距離で移動すること。
続けて、腕と脚(側面)の作画になりますが、この部分は「180度回転」を用いて作ります。
b.「180度回転」の考え方
「平行移動」を済ませた図形を配置しました。
ここに腕と脚を「180度回転」を使ってつくっていきましょう。
まず、赤い線で腕を描きました。
さて、この腕を180度回転するわけですが、180度回転にも、ルールがあります。
それは「デッパル」と「ヒッコメル」です。
「平行移動」のときにも出てきましたね。
参考に、設計図を配置しました。
180度回転の中心点は、高さの真ん中です。
細かく説明すると、エレメントの中心点は、高さの中心(y)と、人型の肩幅の中心(x)の交差点です。
完成図を再度、配置しました。
さて、ベースラインを超えて、「はみ出している場所(ピンク)」を180度回転するとどう見えるでしょうか?
くるっと回すと…ベースラインの内側に「へっこんで(水色)」見えますね。
これが、「デッパル」と「ヒッコメル」です。
180度回転は、この方法を利用して絵を作ります。
高さと幅の中心点で切り取った図形は、同じ形、同じ長さになっているので、180度回転させてときにピッタリと重なります。
さて、作画の続きです。
中心点から、腕を180度回転させて、脚を作ります。
180度回転させました!
余分な線は、180度回転したときに、どうせ重なる部分ですのでカットしてください。
余分な線をカットしました。
これで、片方の腕と脚が完成しました。
もう片方の腕と脚もつくりましょう。
赤い線で、左腕を描きました。
中心点を決めて、180度回転させます。
180度回転させました!
ここでも、余分な線は、180度回転したときに、どうせ重なる部分ですのでカットしましょう。
これで、エレメントが完成しました。
最後に、エレメントごと、中心点で180度回転させてみましょう。
成功しました!ぴったり重なりますね!
これでエレメントの完成です。
以上で、「一人二役の線でエレメントをつくるコツ」の説明を終わります。
c.まとめ
- シンメトリーアートは、「一人二役の線」で描かれている。
- シンメトリーアートは、「デッパル」と「ヒッコメル」が大切。
- 「平行移動」は同じ形、同じ距離。
- 「180度回転」は、中心から回転させよう。
d.補足
実は、今回使用したエレメントに関して、「180度回転」だけではなく、正対のまま「ななめ横」に移動することも可能です。
仮に「ななめ平行移動」とでも呼びましょうか。
移動イメージを配置しました。
同じ向きのまま「ななめ上」と「ななめ下」に移動するパターンです。
詳細な設計図を配置しました。
あらためて見てみると、腕と脚に該当する部分の四角形は同じ形で面積もすべて等しいのです。
色分けした図を配置しました。
どうでしょう。同じ面積であることが確認できたと思います。
こういう場合は、「180度回転」でも「ななめ平行移動」でも可能になります。
平面展開したイメージを配置してみました。
スキマなくピッタリハマっていますね。
「NINJA」の場合は、180度回転して並べた方が「絵として面白かった」ので、180度回転の方を採用しました。
これから作る人は、そのへんの、「どうしたら面白くなるか」の判断もしっかり考慮に入れて、「自分の思い描くものに近い方法」を選んでください。
e.「NINJA」のエレメント
「NINJA」で使用したエレメントを紹介します。
エレメントを配置してみました。
これまで見てきたエレメント作法と考え方は同じで、とくに腕と脚のところは、四角形でつくったか、円でつくったかの違いだけですね。
そして、大切なのは「中心点」です。
「デッパル」と「ヒッコメル」には「中心点」が必要です。
f.「NINJA」のラフスケッチ
「NINJA」のラフスケッチを公開します。
「下手だな〜」でも「こんなレベルからスタートしているんだなあ」と思ってください。
まず最初期のラフスケッチを配置しました。
この段階で、これまでに説明してきた「平行移動」「180度回転」と「中心点」を意識して描いていることがわかると思います。ベースラインもうっすら見えますね。
ベースラインの線を基準に、「平行移動」「180度回転」と「中心点」を意識して、形状を考えるのですが、これがけっこう大変なのです。
次のステップに進んだスケッチを配置しました。
実際に方眼線を引いて、描いています。
マス目の数も意識していますね。
作っていて訳がわからなくならないよう、いちいち線に名前をつけています。
あと、注目して欲しいのは、やはり、「180度回転」の「中心点」を意識していること。
どういうところに「中心点」を作っているのか観察してくださいね。
あと、蛇足ですが、「シンメトリーアート」をやってみたい人は、「方眼ノート」を使ってください。これは絶対オススメです。
「方眼ノート」の画像を配置しました。
このノートは「キャンドゥー」で買ったものです。
このような100円ショップで手に入るもので十分だと思います。
注意点は、いろいろな「方眼ノート」のなかにも、方眼の線がすごく濃いノートがあります。
こういうノートは、自分で描いた線が見えにくくなり、トレーシングペーパーをかけてトレースする時も、けっこう見づらいです。
ほどよい濃さの「方眼ノート」を選んでください。
さらに一歩進んだスケッチを配置しました。
黒ぐろとしてきましたね。作業が進んでいる感じがします。
「3」「4」「6」「10」などの数字が見えますが、これは方眼ノートで作成しているので、マス目の数のことです。
この段階で、忍者のデザインもだいたい決まりましたね。
最後にポスター用のラフスケッチを掲載しました。
これはエレメントがしっかり決まってから描いています。
右の方に「忍具」のスケッチが描いてありますね。
ケースバイケースで使用するので、どういう「忍具」があるのか調べていたのだと思います。
完成ポスターを配置しました。
ラフスケッチと比較してみましょう。
だいたいイメージ通りになっているようですね。
ラフスケッチでは描いてあった上部の「満月」がなくなって、「城」の位置が違うくらいでしょうか。
満月を入れなかったのには理由があります。
「忍者のエレメントの集合した形」が、紺色と赤の対比によってできていますよね。
その形をしっかり見せたかったこと。
「満月」を入れてしまうと、背景に明るい色が紛れ込むことになり、「忍者のエレメントの集合した形」が見えづらくなることを避けたかったからです。
ここまでで「シンメトリーアート」のエレメント制作についての説明を終わります。
④参考資料
シンメトリーアートを作成するうえで、参考にした書籍やサイトをご紹介します。
シンメトリーアートに目覚めて作り始めた当時、かなりの数の書籍を見ましたが、意外と自分が描きたいことの参考になる書籍はありませんでした。
結局、シンメトリーアート界で神として崇められているM.C.エッシャーの作品集や、Henk Wyniger氏のサイトの作品にトレーシングペーパーをあて、トレースしながら、どういう仕組みで図形ができているか研究したものです。
そういうわけで、数は少ないですが、以下をご参考になさってください。
a.書籍
タイリング描法の基本テクニック/杉原 厚吉
日本のシンメトリーアート研究の第一人者の先生ですね。
この本では、タイルを並べる際の「考え方・法則」が数学書のように記号を多用し書かれています。
「NINJA」で説明した以外の「移動パターン」についても書かれているので、いろいろなパターンを知りたい人には参考になる本だと思います。
ただし、説明がちょっと学問書のようなトーンで、先生なりに噛み砕いてくれてはいるのでしょうが、少々難解な感じがしました。
例題として上がっている絵柄も正直カッコ悪いのでテンションが下がりますが、アートの先生ではないのでそこは仕方がないところかもしれませんね。
とは、言ってもシンメトリーアートの理屈をここまで書いてくれている書籍は他にありませんでしたので、大変貴重であることには変わりません。
菱形や六角形のタイルパターンの移動方法についても解説があるので、いろいろな不満を差し引いてもオススメです。
b.WEBサイト
Henk Wyniger氏のサイト
わたしがいろいろな情報を探していた当時、日本人のサイトで参考になったものはありませんでした。ゼロです。それ以来、とくに探していません。
シンメトリーアート作品は、海外のサイトが圧倒的に多いので、海外のサイトで勉強せざるを得ませんでした。その筆頭はやはり、Henk Wyniger氏のサイトです。
作品の数が多く、なにせ作品自体のレベルがトップクラスです。ユニークで良質な作品で勉強した方が得るものも多いはずです。
下記URLからアクセスして研究してみてください。
M.C.Escher オフィシャルウェブサイト
シンメトリーアートのみならず、トリックアートの神といえば、M.C.エッシャー先生です。
下記で紹介したURLでは、かなりの数の「シンメトリーアート」のラフスケッチが掲載されています。
「神」も、手を動かして描いたんだと思うと感慨深い想いがします。
あと、このスケッチの一点を詳細に見たときに、ひょっとすると、絵の感じと実際の「中心点」がズレて見えることに違和感を覚えるものがあるかもしれません。
「あ、そういうところに中心点を持ってきてもいいんだ!」という気づきがあるかもしれないので、研究材料のひとつにしてください。